後編は飲み会なので、いろいろな話をお聞きしましたよ。レッドカンパニーの最初の頃の話とか。
2~3年は食べていけないので、バイトして費用を事務所の家賃にあてるだけだったとか。Tシャツのデザインも年に数回。そこからオマケの仕事をやりはじめて忙しくなってくるという流れ。
まぁ、資料とかで基本的な流れは知っているんですが。(笑)直接本人から聞くと大きな発見もあります。
大きくなりすぎると自由は利かなくなる
会社が大きくなると自分の生み出した作品でも権利関係で自由がきかなくなる。そういうジレンマもあるようです。
自信が手がけた作品(商品)が完成しても世に出せなかったり、偶然が重なり世に披露できる場合もある。
オマケにしろゲームにしろ小説にしろ、クリエイターとしてどうあるべきかは、今後のニュージェネレーション世代にとっても重要なことなのだと思われます。
オマケ玩具を企画するさいのポイントとは?
シールやフィギュアなどオマケ玩具の企画を考える際に、どういう部分が重要なのかというポイントを質問してみました。
あだちさん「アイディアが続くかどうかはテーマで決まる」とのことです。
例えば<動物>や<ロボット>がテーマであれば、テーマが広いのでアイディアも出やすい。逆にテーマが狭い<花>とかだとネタが枯渇しやすく大変だと言ってました。
ここらへんは、僕がトークショーで話した事と同じだったので安心しましたね。
自分がここまでやってきて感じたことが間違っていなかったので。
1番大変なのは、企画がボツになって世に出ない時だそうです。(汗)
書いても書いてもボツで企画が通らないことほど恐怖はないとのこと。
まぁ僕も業種は違いますが前職では経験してますけれど大変ですよね。特に企業相手だとヒットだしても自分の収益が固定なので、手元から離れて企画だけが一人歩きしていくのです。
前々職の時は業種がさらに違うけれど、自社でやってたからヒットがでるととんでもない収益でしたけどね。だたワンマンだと病気したときに社員が上手く回らなくて痛手を追います。指示出す人がいないと社員がいても会社が動かないんですよ。
最近も知り合いで黒字倒産した奴がいるのですが、彼も病気で入院中に社員がうまく回らなくて、黒字なのに前年度の税金が高額すぎて倒産というね。(前年度に稼ぎすぎたため倒産するパターン)
人材育成する前に転ぶと、もうアウトわけですから。運も必要だなと感じます。
Zineenの謎
なんでシールを自作でやる道を選択してるかというと、やはりそこに情熱をささげられるからなのですよ。
幼少期のノートとか見てたら、、、オリジナルのオマケ玩具アイディアとかが大量に書いてたわけです。そこが原点だと思ったので、事務所作って活動開始したのです。
最初のZineenは団体名だった
最初はNPO法人にして、チャリティーシール(玩具)として作り続ける事を目的にしてたので、やる気のあるメンバーを集めたのですが7名しか集まりませんでした。
NPO法人を設立するには10人以上のメンバーが必要なのです。
Zineen(ジニーン)という名前は、僕がつけたのではなくて、他の人が考えた団体名だったりします。(Zinという雑誌の意味が語源)
僕が考えたのは「無国籍という設定」だけです。無国籍だからこそ、あらゆる人種も国も超えて社会貢献のためにオマケ玩具を作るというコンセプトを僕が打ち出しただけなのです。
10人集まらないので、他のメンバーも別途に仕事があり1人減り2人減りと繰り返して、最後に残ったのが僕1人というわけで、Zineen(ジニーン)が個人名義みたくなってしまったと。(笑)
実際には、Zineen(ジニーン)はメーカー名なんですよ。WEBサイト作るときのドメイン名を考えるときに他の人が提案したものを採用しただけです。(団体でやる頃の会議では玩具情報を発信するサイトにする予定だった)
金なんか関係なくて作りたいけどね
今でもチャリティーTOY(玩具)として活動し、稼いだ金を社会貢献しつつ新しい作品の制作費にまわしていきたいという思いは強いです。
本来ならば、金なんか関係なくて、情熱だけで全力投球できる人たちが集まって社会貢献しながら作れれば一番良いのですけど・・・そういう人は、なかなか出てこないわけです。(環境を作る事も難しい)
だから自分との戦いなわけです。キャリアも名前もすべてを捨てて、どこまで情熱をささげて夢中になれるかという勝負。
「生きる意味」が切っ掛けだったのならば「死ぬ意味」はゴールなわけで。
限界まで自分のアイディアを具現化することがZineenというプロジェクトの活動方針なのです。
レジェンド×ニュージェネの融合は近い!?
大人になったらオマケ業種そのものが消滅してた現在。でも、ノートに書いた厚い熱い情熱が、時代を飛び越えて、大人の自分を呼び覚ます。
「あの頃、作りたかったのはコレだろ?」ってね。
30年前に影響を受けたレジェンドたち。
そういう人物に出会えることは、良かったなと思います。