第4弾「オトギーク」ヒマ悪ィ(月) | 80年代風TOY-ARTブランド「ジニーン@zineen」

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第4弾「オトギーク」ヒマ悪ィ(月)

kizi-s088

キャラクター

毎日太陽光線を浴びる日向ぼっこ好きな花だったが、森林伐採のさいに放たれたムーンパワーの影響で、ヒマな日常に嫌気がさし、刺激を求めてグレてみることに。

葉巻から有害な煙を出すことで環境破壊に一役買う。悪い事がカッコいいと思っているが、実は環境破壊する事で自分の寿命を縮めていることに気づいていない。

解説

薬草侶(太)の対キャラ。80年代においてグレるみたいな表現は社会に対する反抗的な意味合いが強かったように思う。積木くずししかり、違う視点だと家族ゲームや親子ゲームみたいなね。

現代においては、グレるという事柄も、ひとつのファッションやスタイルになりつつある。例えば、好みのタイプというものは、本来ならば、性格と容姿が組み合わさってできあがる要素なはず。(ちなみに心理学的に容姿の好みというものは幼少期に感じた刺激が影響している)

ところが近年は、相手がいて好みがあるのではなく、はなから○○系が好きというような表現が多くなっている。(例えばホストが好き。ヤンキーが好き。みたいなね。その人という存在が好きなのではなく、カテゴリーが好きという人が増えている)

 

ちょい話がややこしいので、ヤンキー漫画で表現してみよう。80年代に「湘南爆走族」という漫画があって、今のヤンキー漫画の元祖みたいな位置づけだったはず。でもこの漫画、タバコも、性描写も、出てこない。むしろ主人公なんか手芸部で編み物やってるからね。

でもファッションは、リーゼントにドカン。(太いズボン)走り屋なのでバイクにのる。というぐらい。まぁ、喧嘩シーンはあるけれど、基本的には「悪」を表現しているわけではない。

同じく80年代に流行した「なめ猫」。これなんか本物の猫だからね。(笑)見た目をヤンキーにしたことで、そういう一種のスタイルを表現したわけだ。こうなると、不良とかヤンキーとか、グレるって行為は、どこを線引きしていけばいいのか?ということになる。

「みうらじゅん」というタレントが、「暴走族というカッコイイ名前をマスコミがつけるから憧れるのであって、おならプープー族なら誰もなろうとは思わない」という言葉を残しているが、これはある意味、的を得ている。

結局のところ、ファッションやスタイルとしての善悪をイメージが先行しているだけであり、何をして悪なのか?なにをして善なのか?を真剣に考えることをやめている。いや、考えさせないようにしているとさえいえる。

「赤信号だから横断歩道を止まる」これは短縮されたルールでしかなく、真意は「車が来ると危ないから赤信号という共通概念がうまれた」ということにある。誰かにあたえられた善悪は、本当の善悪であるのか?視点を変えると、善と思っていたものが悪であったり、その逆もしかり。

ヘタすると、そこには善悪すらない、たんなる無形の流されるだけの擬似アイディンテティなのかもしれない。

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